Red_Crow’s diary

もの作り集団Red_Crowの生存と活動日記

宇宙とはかくも深き謎を湛えてそこにあるのだ

思えば、Peaceが遥か宇宙の深淵より降臨して、早1年が経過したではないか。

去年の夏に樹海をさまよっていた筆者が、深淵から来たPeaceに樹海の道行きを聞き、歩み出してから1年だ。

何とも早い時の流れだ。

樹海からは抜け出せたが、次の難関が待っていた。

海原だ。

幸い、手漕ぎボートがあったので、それで海原に繰り出すことにした。

だが、筆者は星の読み方を知らない。

つまり、海原で方向をつかむ術を知らなかったのだ。

そこに、また光る楕円の物体が現れた。

中から、期待を裏切らずに現れたPeaceは、また数多の言葉を残し、「もきゅ!(マリーアントワネットとの握手会が!)」と言って去って行った。

その数多のほうの言葉を油性ペンでメモしておいた筆者は、その言葉を頼りに星を読み、波を乗り越え、新しい大地にたどり着いた。

だが、筆者も体力の限界がある。樹海のあとに海原を乗り越えた身としては、しばらく定住生活をして心身を養わねばと感じた。

幸い、ボートの中には釣りの道具があった。

筆者は、浜辺で魚を釣りながらしばらく暮らしていた。

だが、無性に何かせねばと気を負うときがある。

そういう時は歌だ。Peaceの残した言葉と筆者の想像力を混在させた歌を、無心に歌う。そう。ようやく、無心に歌っても歌えるくらい歌い慣れてきたのだ。

10曲か13曲くらい。

ちなみに、マリーアントワネットは現在宇宙でアイドル活動をしている。

クレオです」「マリーです」「妲己です」の挨拶で、「フェミニーズ」と言うアイドルグループを結成している、らしい!!

全ては宇宙の深淵の彼方にあるのだ。

とりま、録音できるレベルまで歌唱力あげよう。今のままでは歌声に華が無い。

「フェミニーズ」に負けている場合ではない。

未だに古代ローマに住んで居られると思っているのか

全く暇ではないのだが、簡単な方法を封じられてしまったのでブログを書こう。

ここ連日、伴奏の作曲を続けている。

自分が歌うのとは別で。

自分で歌うほうは、どんな歌声で行くかはだいたい決まったので、後は歌い慣れることか。

一曲の間に疲れている場合ではない。

でも疲れる歌であることはある。

内容がグロイとかではないのだが、音が上がったり下がったり変則的に伸びたりするので、それを覚えこむのが難しい。

脱力系で歌える歌じゃないし。

一曲でだいぶ消耗するのだが、そんな感じの歌を3曲連続で歌ってみている。

練習ともなると、同じ曲を、安定した声が出るまで歌い続けなければならない。

軽く地獄を見る。

だが、筆者には盟友Peaceとの約束がある。

練習ごときで脱力している場合ではない。

一定の声を約3分半キープできるようになるまで、ボイトレは続く。

肺活量を上げるために、運動もしないと。

一日中パソコンの前で画面を見ていると、自分の存在意義について考えては…来ない。

自分を疑うほど哲学している場合ではないのだ。

私が考えているだから私はここに居る。

どんなサイコさんだ。

人間は余計な時間があるとろくなことを考えないと言うのは本当だな。

恐妻家は哲学者になる(あんまり知られていないソクラテスの言葉)。

お前は稼ぎを家に入れろ。

世の哲学者どもよ、働け!! 労働しろ!!

頭の中で英雄になっていられる世界では、なくなったのだ。

ローマは帝国ではなくなったのだ。

街になったのだ。

現代ではイタリアの首都と言う位置である。

現実を伴わない哲学と、哲学を伴わない現実は、同時に危険である(by 俺)。

じゃ。

 

歌練と、のど飴

喉が痛い。風邪ではない。

エアコンの効きすぎている部屋で、水も飲まずに歌いすぎたらしい。

新しい曲の練習をしていたのだが、基礎音(ピアノとかの伴奏)ありだと、喉が無理をしようとして、気持ち悪い声になる。

大体、メロを覚えたところで、基礎音をミュートして楽器音と一緒に歌う。

「この辺りを再生してる」って言う印の縦線が動くので、現代のカラオケに近い。

現代の、と言うのは、カラオケって歌う箇所が色変わるじゃん。

あれと似たようなもの。

昔のカラオケはその機能がなかったから、本当にメロを丸暗記してないと歌いにくかったんだそうだ。

そんな豆知識は良いとして、ミュートして歌うと、自分のキーになる。

まだ声が定まってないのでもっと低音にするか高音にするか微妙だが、

伴奏の速さについていければ良かろうと言う段階。

もちろん歌うときはテレコに録りながら。

こう言う段階を経て練習が出来れば、確かに楽だ。

いくらアカペラで練習してても、いきなりオフボーカルで歌うもんじゃないな。

1つ利口になった。

のど飴買ってこよう。

 

りっぱなひとたちはりっぱなひとたちなんだ

とりま、何でもいいから歌ってみている。詞でも、詞ではない普通の文章でも。

意外と文字数の感じがつかめると、なんでも歌えるものである。

はてブロの、普通の設定説明の文章とかも歌ってみたり。

メロディーは即興。メロディーを作り続けて…早何年だよ。数えたくねーよ。

数えたくはないが、数えて飽き足らないくらいはメロディーを作っているので、

もはや普通に思い浮かぶ。

そしてそれを歌える。

伴奏がないほうが歌いやすいのは、アカペラでの練習が多かったのと、「人間が歌いやすい伴奏」を作る技術が追い付かないのの合わせ技だろう。

メトロノームはまだ使ってないが、テレコで録りながら歌う練習は結構うまいこと運んでいる。

やはりアカペラのほうが歌いやすい。

これはまずい。アカペラと言うのは、歌の基本だが、矯正器(メトロノームとか)がないと、「自分のリズム」になりやすいと言う欠点がある。

それ故に、伴奏があるとリズムが取れなくなる→メロディーが崩壊する→録りで「惨敗」と言う結果になる。

歌いやすい伴奏を作れば、問題は解決するが、作ってみて納得するかどうかも関わってくるので、何が「正しい」とは言えない。

音楽に答はないと言うのはどこかで聞いた言葉だが、「答」はなくても、「ベスト」を尽くせるかどうかはあるだろう。

と、分かったようなことを言いながら、今日もアカペラでテレコに呟くのであった。

 

だらだらしていると見せかけて

歌を録っていた。宅録。コーラスとか全然入れてないけど、気に入らなくて消去と録りを繰り返したので、4時間がかり。近所迷惑。
ヘッドフォン越しに「うるせー!」と近所から聞こえた気がしたが、気がしただけかもしれないので放っておいた。

思いっきり声を張れる環境なら良いのだが、ご近所を気にしながら歌っているので、声が安定しない。
マイクの扱いもまだまだ未熟なので、声を拾えてなかったりする。

色々試行錯誤した末、最初に録ろうとしてた曲は、「もっと歌い込む必要がある」と判断して、別の曲を先に録音することにした。
その曲も結構難しい(早口&低音な)のだが、なんとか歌いきった。

アカペラでは歌えてても、いざ録るとなるとテンポが分からなくなったり、噛んだりつっかえたり。
メトロノームとテレコが、こんなに必要だと思ったことは…あるな。

普段から歌ってても何も練習にはなってなかったってことだ。いや、「声を出す」と言う練習にはなっていたが、声を張れないので唯一の練習の成果もあまり意味がなかった。

練習を続けよう。メトロノームとテレコで。

作曲とか歌とか大犬座とか

最近、Peaceと連絡を取っていない。
たぶん、Peaceは光る楕円の物体に乗って、大犬座を旅行中なんだろう。

筆者はと言うと、ダラダラと作曲を続けて居たが、新曲の作詞の段階でつまずいてしまった。
旋律はできているが、言葉が出てこない。
Peaceの「もきゅ」から解読した言葉は、大体使ってしまった。
そして、Peaceは今、大犬座を旅行中だ。
どうする?!

こう言うときこそ、本屋に行くべきか。写真集ばかりではなく、活字を読むべきなのだろう。
Peaceが前にアドバイスをくれたときに、「もきゅ(本屋の広告冊子を拾ってくるとかどうだろう)」と言っていたので、本屋に行ってみよう。

活字と言えば、YouTubeで文字を読むことが増えた。だが、あまりにおすすめ動画の内容が偏りすぎていて、嫌気がさしている。
そう言うところも改善するために、一度フラットな本屋に行って、「海賊と呼ばれた男」でも立ち読みしてこよう。
本を置く場所がないので、しばらく「本を買う」ことはできない。
新しいパソコンソフトを買うために貯金もしないとならんし。

歌は普段から歌うようになってきた。本格的に練習するときもあれば、隙間時間に小声で歌ったりもする。
伴奏を聞き取る能力も引き続き必要なので、新曲のオフボーカルをたくさん作らねばならない。

そろそろ貸しスタジオを見学がてら借りてみようと思っているのだが、その前に用事ができてしまったので、まずは待機しながら曲を作る日々を過ごすことになる。
究極は宅録りになるが、インストールしてあるフリーソフトに、「雑音を消す」と言う機能があるので、宅録りになったら使ってみよう。
ブレスとかも消えてしまうのが難点だが。

曲をたくさん作っておいて、気に入ったのから歌詞をつけるとかでも良いな。
なんなりと、情報を吸収し、咀嚼して筆を進めなければ。

音楽とか語ってみなくても別に良いんだが

久しぶりに歌ってない記事。

一区切り働いた後、燃え尽きている最中。

そろそろ夕飯の時間なので、漬物で白いご飯を食べようかと。

歌以外の作業を行おうと思えば行えるが、体力が足りない。

脳と体に回っているエネルギーの比率を考えると、全体を10割として、

脳:体=1:9くらいの割合である。ホディのほうは余力があるのだが、頭が回らない。

ぎりぎりの1割で文章を打っているので、途中から訳が分からなくなるかもしれないが、リカバリー手段として食事が待っているので、食後になんなりと音楽活動っぽいことをするだろう。

メイビ―(50%以下の確立)。疲れ切っているのでポジティブシンキングは難しい。

 

今年の春に一般参加で出かけたM3と言うイベントで、「音楽同人イベントとはこういうものである」的な一般常識を学んだのだが、イベント会場内で弾き語りをしている人を見つけて、

「筆者は普段から『生の良質な音楽』に恵まれていたんだなぁ」と、つくづく感じた。

イベント内だから声をはれないとか、難しい点はあるのだろうが、あの歌を聞かされてCD買ってと言われても買いたくない。

と言うことは人前では言わないが、ここでこっそり記しておこう。

筆者は大学時代からDTMを独学で行なっていて、音楽系のサークル(大学が運営するしっかりしたサークル活動)に所属していたのだ。

そのサークル内で学んだ音楽の知識や、先輩達の「お遊びセッション」「ジャム」などを聞いたり、サークル内でできたバンドのライブを観に行ったり、大学を離れてからも、後輩の所属するバンドが出演しているイベントや、後輩の参加する弾き語りイベントを聴きに行ったりしていた。

一般アーティストのライブにも、何回か足を運んだ。

そう言う経緯が下積みとしてあるので、ある程度、プロアマ問わず「生もの」の音楽は聴いてきている。

外側から見たら、「良質なアーティストを育てている大学に入学できたものすごく運の良い人」なのかも知れないが、何年か連絡を取らなかった後輩に連絡してみようとか、自分のDTM作品の精度を上げるために、スコアの打ち方やコードの勉強をしたり、かげながら努力はしているのだ。

特に、後輩に連絡を取るときは、一番度胸が必要だった。

特に良い先輩でもなかったし、人の良い後輩に付け入ることになるのではないかとか、何が「良心」かはわからないが、余計な呵責を背負いながら、メールを打ったのを覚えている。

 

そんな話はどうでも良いとして、「同人イベントで弾き語る」と言う暴挙には、でないほうがマシだと思う。

雑音の中、アコギを鳴らして何か唱えていたおっさんは、何がしたいのかよくわからなかった。

そんな話を記しながら、夕飯を済ませたので、多少回復してきた。

ちょっとした作業があるので、おっさんを批評しただけで終わる。

結局何だったんだこの記事は。

一応生存していると言う報告。