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Red_Crow’s diary

もの作り集団Red_Crowの生存と活動日記

人間関係

「人間」が「関わり」を持つことを、「人間関係」と呼ぶ。

そんなことは普通に生きていれば、誰でも知っている。5歳児辺りで、もう言葉としては知っていると思う。

 

最初から関わりを持たなければ、余計な「人間関係」で悩むこともないのだが、

こちらからアクションを起こして、それがスルーされた場合、なんか虚しい気分になるものである。

ならば、最初からアクションを起こさねば良いのでは? とも思うが、その状態が続くと、いわゆる自然消滅と言う現象が起こる。

 

小面倒くさいと思っている人間関係を、あえて自然消滅させるならば、スルーはありだろう。

だが、そこはかとなく責任感を持って、あえてアクションを起こしたのに、スルーされた場合、筆者的に思いつくのは、「相手方が忙しい」「何か自分の伝え方に不備があった」の2点である。

 

まぁ、連休の最初の日で、これからワクワクどこかへお出かけに行こうかな?

なんて思ってるときに、事務的な用件など伝えられたら、相手方も「げんなり」と言う気分だろう。

この度は突然だったし、筆者の私用がかさんで連絡が遅くなったのが、主な欠点なので、お詫びの電話をかけたら…「ただいま電話に出ることが出来ません」のアナウンスが流れてきた。

 仕方あるまい。メールだとニュアンスが伝えにくくて困るのだが、メールを送っておこう。

 

きっと、相手方も、もう疲れてしまったんだろう。

筆者も、相手方の疲れ具合は分かっているので、あえてプッシュするほど鬼でもない。

と言う経過を経て、心の整頓はついた。

心を整頓するためのブログではないのだが、そんなもやもやを抱えながら、さっきまで作曲を進めていたと言うことだ。

 

人間関係。とても心遣いの必要なものである。

特に、文字のやり取りが多い場合は、要注意。

文字と言葉は同一視されやすいが、さっきも書いた通り、文字に書いた「ニュアンス」は、伝わりにくいものなのである。

その文章を書いた人を良く知っていて、その人のしゃべり方などを覚えていたりして、言葉で発音すればなんでもないことでも、

疎遠だったりする相手から、文章と言う「音のない表記」に変換した言葉を受け取ったりすると、読み手からしてはイラッとすることもあるのだと、

作詞家…(Peaceからネタを搾り取っているとは言え、筆者も一応作詞家なのだ)として、また一つ学ぶことがあった、連休初日の出来事であった。

 

もやもやしながら作曲を進めていた割には、伴奏のノリはすごく良い感じなのだが、それが手についた職と言うものだろう。